大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(ネ)1245号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  被控訴人の請求並びに事案の概要及び当事者双方の主張

一  被控訴人の請求並びに事案の概要及び当事者双方の主張は、次の二に当審における控訴人の主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第一及び第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  当審における控訴人の主張

1 旧階段部分について、本件各旧建物の敷地への共用の通路として関係人の黙示的合意ないし約定による通行権が成立していたとしても、昭和六一年契約において本件係争地を含む本件(二)土地全体が新たに控訴人に対して賃貸されることとなった以上、控訴人は本件係争地を専用の賃借地として使用できるようになり、これによって、右の通行権は消滅するに至ったものというべきである。そうすると、登記上本件賃借権に劣後する本件地役権が本件賃借権に対抗できないことは明らかである。

2 仮に、本件地役権が何らかの理由で本件賃借権に優先することとなる場合であっても、その根拠が前記の関係人の黙示的合意等による通行権にあるのであれば、本件地役権の内容も、右の通行権の範囲内のものとなるはずであり、そうすると、自動車による通行までがそれに含まれないことは明らかである。

第三  当裁判所の判断

一  前記引用に係る原判決の第二の二記載の判断の前提となる事実、《証拠略》を総合すれば、次の事実が認められる。

1 旧階段は、訴外組合から旧一〇七番の土地を賃借していた訴外戸谷が、右土地上に自己が建築して賃貸していた本件各旧建物の各敷地から北側市道に出入りするための共用の通路として築造したものであり、以後右旧階段部分の土地は、土地の賃貸人である訴外組合、土地の賃借人兼本件各旧建物の賃貸人である訴外戸谷及び本件各旧建物の賃借人ら共用の通路として利用されてきた。そして、右のような旧階段部分の土地の利用状況は、昭和三七年一月三〇日に控訴人の母千代子が訴外戸谷から鎌田方旧建物を借地権と共に譲り受けた後も変化はなく、昭和三八年一月に訴外組合と千代子との間で交わされた昭和三八年契約の契約書には、賃貸土地の面積が六七・五九坪と記載され、その付属図面において、その範囲は原判決別紙第二図面表示の緑色線で囲まれた部分とされ、旧階段部分の土地の半分だけが含まれるように表示されていた。

右のように、旧階段部分の土地を共用の通路として関係者が利用してきたのは、訴外戸谷が旧階段を築造し、これを本件各旧建物の賃借人に利用させることとしたことによるものであり、したがって、これによって、本件各旧建物の賃借人は、各賃借建物の敷地から北側市道に出入りするために、訴外戸谷の有する右部分の土地賃借権を通行のために共同で利用し得る権利を取得したものとみることができる。そうすると、千代子が昭和三七年に訴外戸谷から鎌田方旧建物を借地権と共に譲り受けた後においても、旧階段部分の土地の半分については、千代子は、自らが賃借権を取得したものの、これによって同部分を独占的に利用する権利までを取得したものとすることはできず、峰村方旧建物の賃借人のためにも従前どおりこれを利用させるという負担を負うものであることを了解するとともに、同時に階段部分の残り半分の土地部分(該外戸谷の賃借地)については、依然として自己の通行のためにこれを利用できる権利を有していたものというべきことになる。

2 ところで、峰村方旧建物の賃借人の訴外峰村が昭和五八年ころ死亡し、その後同建物に居住する者がいなくなった後の昭和六〇年ころ、訴外戸谷が同建物の敷地部分の土地を訴外組合から買い受けることになった。そこで、訴外組合は、昭和六〇年一二月、旧一〇七番の土地全体を測量し、売渡しの対象となる土地の範囲を明確にした上で、本件(一)土地部分を訴外戸谷に売り渡すこととし、昭和六〇年一二月二八日に土地家屋調査士内山威によってそのための図面(以下「内山測量図」という。)が作製されたが、その過程においても、売主の訴外組合及び買主の訴外戸谷の双方において、訴外戸谷が本件(一)土地部分を買い受けた後も、同土地から北側市道に出入りするために旧階段部分の土地を従前どおり共用の通路として利用し得ることは当然のことと認識されていたことがうかがえる。そして、昭和六一年一〇月七日、旧一〇七番の土地から本件(一)土地及び本件(二)土地がそれぞれ分筆され、本件(一)土地について、昭和六二年一月三〇日受付をもって同日売買を原因として訴外戸谷に対し共有者全員持分全部移転登記がなされたが、その際、訴外組合と訴外戸谷は、念のため、本件係争地を承役地、本件(一)土地を要役地とする本件地役権を設定し、同年二月五日受付をもってその旨の登記がなされた。なお、内山測量図が作製されてから土地の分筆、移転登記等がされるまでに約一年の期間を要したのは、訴外組合がいわゆる権利能力なき社団であるため、登記等の手続に時間がかかったためであった。

3 一方、控訴人は、出生以来継続して鎌田方旧建物に居住してきたが、昭和六一年、同建物の建替えを計画し、同年二月一七日に訴外組合からその旨の了解をとり、同年八月二〇日、訴外組合との間で、建物所有を目的とし、期間を同日から三〇年、賃借人を控訴人とする「土地賃貸借更新契約書」(昭和六一年契約の契約書)を取り交わした。右契約書には、たまたま前記のような事情で作製されて訴外組合の手元にあった内山測量図が添付され、そのため、賃貸土地の表示として、同図面に記載された「長野市大字中御所一〇七番B」という表示が用いられ、地積として、同様に同図面に記載された「二四四・八〇平方メートル」の数字が表示されたが、右契約書を取り交わすに際し、訴外組合と控訴人との間において、旧階段部分の土地を以後控訴人が独占的に利用できることとし、これを峰村方旧建物敷地のために利用させることをやめることとするといったことが話し合われた節はなく、もとよりそのような合意が締結されたこともうかがわれない。むしろ、仮に、控訴人から訴外組合に対しそのような要求が出されたとしても、訴外組合としては、前記のような事実経過からして、その要求に応じることは、本件(一)土地の買受人である訴外戸谷に対する関係で背信的な行為となり、その申し出を受け容れることは到底できない立場にあったことがうかがえるところである。なお、内山測量図は、前記のように、本件(一)土地を訴外戸谷に売却するに際し、訴外組合に残される土地の範囲を明らかにするために作成されたものに過ぎず、少なくとも訴外組合においては、控訴人との賃貸借契約の添附図面としてこれを利用したことにより、従前から関係者の共用の通路として利用されてきた旧階段部分の土地に関する他の者の利用を排除して、これを控訴人一人のために独占的に利用させることとする意思は全くなかったことがうかがえる。

4 控訴人は、前記土地賃貸借更新契約書を取り交わした後である昭和六一年一一月一八日、控訴人建物を新築、完成し、同年一二月一日に控訴人名義の所有権保存登記をした。

二  右認定の事実によれば、昭和六一年契約により、控訴人は、契約書の上では、旧階段部分の土地をも建物所有を目的とする賃借権の対象地としてこれを利用し得る権利を取得した形になっているものの、控訴人と訴外組合との間の合意の合理的な意思解釈としては、同土地部分は、従前どおり、なお峰村方旧建物敷地部分の利用者(実際には同土地部分を買い受ける訴外戸谷)のため、共用の通路として利用されることが予定されていたものというべきである。すなわち、右の昭和六一年契約においては、右の旧階段部分の土地(本件係争地)については、訴外組合において、その上になお右峰村方旧建物敷地部分の所有者のための通行権を設定し得る権限を留保した形で、これを控訴人の賃借地に含ませる旨の契約が結ばれたものであり、本件地役権の設定は、このようにして訴外組合に留保されていた権限の行使として行われたものとみることができる。そうすると、本件係争地に関して、被控訴人の本件地役権と控訴人の本件賃借権とは、そもそも民法一七七条に定める対抗関係に立つわけではないこととなるから、被控訴人は、本件地役権に基づき、本件係争地を通行する権利を有するものというべきこととなる。したがって、控訴人は、被控訴人に対し、本件係争地の通行を妨害してはならず、また、原判決別紙物件目録(五)記載のフェンス及びトタン塀を撤去する義務があるものといわなければならない。

三  次に、控訴人は、仮に本件地役権が認められたとしても、それは従前の旧階段部分に対する通行権をその基礎とするものであるから、その通行権には、自動車による通行の権利までは含まれないと主張する。しかし、前記のとおり、本件地役権は右昭和六一年契約においてなお訴外組合に留保されていた本件係争地に関する権限の行使として設定されたものであり、このようにして設定された本件地役権に基づく通行権の範囲から自動車による通行権を除外すべき特段の事由は見出し難いから、控訴人の右の主張は理由がなく、採用できないものというべきである。

四  被控訴人が、控訴人の設置したフェンス及びトタン塀により、本件係争地を通って被控訴人建物の地階部分に出入りすることができなくなり、機器の保守・点検を行うのに支障が生じ、また、同所に自動車を駐車させることができない等の被害を受けていることが認められることは、前記引用に係る原判決の「事実及び理由」欄の第二の二の「判断の前提となる事実」の8及び9に記載のとおりである。そして、被控訴人が、これによって、一か月金一〇万円相当の損害を被っていることまでは、これを認めるに足りる証拠がないが、《証拠略》により、一か月金五〇〇〇円相当の損害を被っていることは、優に認められるものというべきである。

五  結論

そうすると、被控訴人の請求を以上の限度で認容した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 増山 宏 裁判官 合田かつ子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例